戦争まで

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『戦争まで』
 中村光夫 筑摩書房 1979

しかし近代戦はその性質上、一旦火蓋を切れば行くところまで行かずには済まぬものですから、ことに現在のように巨大な資源と人員が動員された場合には、勢の赴くところ各国の政治家の手に余るのではないかと思われます。「戦争は政治の延長だ」と云う言葉がもし本当なら、賢明な列国の政治指導者達は、数世紀にわたる父祖の勢力の尊い結晶として遺された世界に比類を見ぬ文化を、わざわざ自分等の手で破壊するほどの愚は演じまいと思いますが、それもかつてルネッサンスのイタリーが都市の対立から滅びたように、文明の進歩がそうした惨禍に終るのがヨーロッパの宿命であるとすればまた止むを得ぬことかも知れません。こういう大きな事実を前にして、徒らに過去を思ったところで始まらないのかも知れませんが、とにかく僕としてはこの戦争前のフランスに一年でも暮せたのは非常な幸運だったと思います。(p45)