徴候・記憶・外傷

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 『徴候・記憶・外傷』
 中井久夫 みすず書房 2004


 匂いも、観念も、ごくわずかな原因物質によって触発される。観念もきわめて些細な、そしてしばしば意外な因子によって触発される。決して方法論に還元しえないと私は考える。採集の旅に専門家に同行してみよ。茸さがしの名人の跡を追ってみよ。 精緻な「意識的方法論」に拠る研究は堂々たる正面玄関を持ちながら、その向う側が意外に貧しい場合も皆無ではない。これは方法論に拠る人の問題でなく、方法論に拠るということ自体の持つ欠陥である。それは事後的追想あるいは批評にこそ適し批評家の有力な武器であるが発見に適しない。観念は生き物であって、鮮度を失わずに俎の上にのせることにはある職人的熟練を要するのである。(p21)