嘘の効用

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『嘘の効用』
 末弘嚴太郎 改造社 大正12

私は法律学者です。ですから『法律』及び『学問』についてだけは兎も角も「専門家」として意見を述べる資格があるのです。だから今茲に『嘘の効用』と題して嘘を如何に処理すべきかと云ふ問題を考へるにしても、議論は無論之を『法律』及び『学問』の範囲内に限りたいと考へます。一般の道徳乃至教育等に関する問題として、如何にも『玄人』らしく意見を述べることはどうも私の柄ではありませぬ。『法律』の上で、又『学問』一般について、『嘘』は善れ悪かれいろいろの働きをして居ます。それを考へて見ることは、独り『法律家』にとつてのみならず、一般の人々にも可成り興味あることだと思ひます。殊に私は、私の『法律』及び『学問』に対する態度を明らかにするが為めには、此『嘘の効用』に付いての、私の考へを述べることが極めて重要であり、少くとも大に便利だと考へて居るのです。それが、私の此稿を起すに至つた主たる動機です。(p6-7)