ブレヒトの思い出

bw

『ブレヒトの思い出』
 W.ベンヤミン他 中村寿他訳 法政大学出版局 1973


ブレヒトは、すべての俳優よりも万事にもの知り気な演出家たちとはちがう。作品にとり組むと〈知らない〉ふりをする。かれは待っているのである。ブレヒトは自己の作品でさえほんの一行も知らないかのような印象をあたえる。事実かれは書かれていることを知ろうとはせず、書かれていることが俳優によって舞台へどう示されるかを知ろうとする。たとえば俳優が「わたしはここで立ち上るべきでしょうか」と質問すると、「それは知らない」というブレヒトのきまり文句が返ってくるのはめずらしくない。ブレヒトは本当に知らない、稽古中にはじめて発見するのである。(p184)