アルフレッド・ジャリ

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『アルフレッド・ジャリ
 ―『ユビュ王』から『フォーストロール博士言行録』まで
 ノエル・アルノー 相磯佳正訳 水声社 2003

クリナメンというこの無限小の―そして決定的な―異常値を、ジャリはあらゆる現実の、あらゆる思考の、あらゆる芸術の原理に、その中心に据えるのである。『フォーストロール博士言行録』において、クリナメンは「予測を絶した怪獣クリナメン」として税関吏ルソーに操られ、リュクサンブール美術館から盗み出された有名なへぼ絵描きたちの絵をありとあらゆる仮想の傑作で塗りつぶす。さらに一九〇三年には、『ルヴュ・ブランシュ』誌の「空論」でトリスタン・ベルナールの『ル・ブロスール一家』に触れながら、劇評家ジャリは純然たる専門家の見地から、哲学者としてこれ以上は望めないほどのすばらしい―そして真摯な―讃辞をエピクロスに捧げる。エピクロスを完璧かつ独創的なストーリー・テラーだと讃えるのである。

エピクロスはまさしく当時の優秀なヴォードヴィル作家であったから、宇宙は原子たちの勘違いに端を発したやりとりで創生されたと説明した。だが、原子たちの衝突がいかに気まぐれなものであろうと、それだけでは演劇的に満足のいくこんがらかった紛糾は生み出せなかった。そこでこの演劇的要請を満たすために、周知のように、クリナメンが考案されたのであった……(p140)