きだみのる自選集 第四巻

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 『きだみのる自選集 第四巻』
 きだみのる 読売新聞社 昭和46年

 いつかプノンペンのロワイヤル・ホテルの自炊部屋を借りていたとき、プールサイドで二人の日本人に会った。一人は家の光の吉田忠文君に好く似ていた。忠文君は松本清張氏に似ているという評判を持っていた。そして彼がハノイに行くことは私の耳に入っていた。多分、ラオスで聞いた噂だったろう。私はすれちがいさま、君は清張氏ではないか、と尋ねた。すると彼は、「してまた君は誰じゃ」と問うた。私が名乗ると、彼は、「東京じゃあ、きだ みのるは行衛不明になっとるぞ」と教えてくれた。 行衛不明、これを聞いたとき、なるほどなあと感じいった。私は必要時以外は行衛不明でありたいのだ。行衛不明者はいちばん自由な人間である。自由なんて自分で獲得、拡張するものなんだ。憲法が保証し得るものではない。各々は自分で、自分の方法に合った自由を創成する方が好い。 行衛不明、これを文名にしたら、と思ったほどだった。(p396-7)