『鴎外史伝の根源』
　渡辺哲夫　西田書店　1996


われわれは鴎外、森林太郎を文豪などという空疎な言葉で讃える愚を知るべきであろう。鴎外を恐怖し嫌悪する方が、まだしも誠実なのではあるまいか。ただ、自然人の生活を写生する自然主義文学はもちろん、夏目漱石ですら山口節藏の如き怪物を造形しえなかったことは事実であろう。文学が人間の真実を探究し物語る営為であるならば、鴎外の努力の苛烈さとその力の強さは、まったく比類がないと言わねばならない。(p33)