青天有月

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『青天有月』
 松浦寿輝 思潮社 1996


子供の頃を振り返って今言えるのは、わたしが本当の神経症に罹らずに済んだのは奇蹟的な僥倖以外の何ものでもなかったということであり、わたしがこの書物のあらゆるページに行き渡らせたかったのは、その僥倖と同質の光であるに違いない。本書はその意味で、わたしがこれまで上梓してきた中では、もっとも出来栄えの良い本でももっとも野心的な本でもないかもしれないが、少なくともわたしにしか書けない種類の文章を集めた唯一の本と言ってもよいものだと思う。
良かれ悪しかれ、これがわたしなのだ。わたしにとって、生とはこんなふうなものなのだ。無責任な第三者の気分で読み返しながら、しかし今、やはりそう思う。(p236)