構造論的精神病理学

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『構造論的精神病理学―ハイデガーからラカンへ
 加藤敏 弘文堂 1995

ジョイスを含め少なからず詩人や芸術家は現実界の裂孔に強く魅せられる。ハイデガーは詩人が「根源の近くに住む」ことに注目するが、これはわれわれの言い方では、詩人が現実界の裂孔の近くにおかれていることをさす。そこで当然のことながら、精神病者と詩人や芸術家との比較が問題になる。これについて一言だけ述べておきたい。この問題を考えるにあたり、ほんとうは、現実界の裂孔のありようと現れ方の違いを明確にする必要があるはずだが、とりあえずこれは不問に付すとすると、両者の違いは、詩人や芸術家では、現実界の裂孔を個人的な単なる私的意味へと還元することなく、現実界の裂孔の縁どりに成功することに求められる。それは〈もの〉(Chose)の沈黙の言葉をそれとして聴きとり、〈もの〉の沈黙を浮き彫りにすることである。こうしてはじめて芸術の名に値する作品が成立するといえよう。(p133)