夫トーマス・マンの思い出

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『夫トーマス・マンの思い出』
 カーチャ・マン 山口知三訳 筑摩書房 1975

序文
 わたしは、本当に、わたしの長すぎる全生涯をつうじて、つねに厳密に私的な領域にとどまってきました。おもてに出たことは一度もありません。そういうことは自分の柄ではない、と思っていたからです。ぜひ回想録を書くようにと、たえず言われますが、いつもこう答えることにしています。「この家にも、ひとりくらいは、ものを書かない人間がいなくてはいけません」と。そのわたしが今このインタヴューに応じるのは、ひとえに気の弱さとお人好しのせいです。
                               一九七〇年