懐徳堂

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『懐徳堂―18世紀日本の「徳」の諸相
 テツオ・ナジタ 子安宣邦訳 岩波書店 1992

 経世済民に関する徳川時代の思想のかなりの部分が、荻生徂徠(1666-1728)や太宰春台(1680-1757)などのような、政治や商業の問題を、古代的始源に位置づけられた洗練せる歴史的規範に照合して分析した思想家のものとみなされているけれども、次のこともまた事実である。ことに町人の間でより影響力をもった思想体系は、認識の根本前提としての自然という原理に基礎を据えていたということである。自然は無限であるが、人間の心は有限である。そのため、自然をその全体性において把握することは決してできないが、反面で、自然は見えるものと見えないものの現象をすべて包括している以上、人間存在とその内面的徳をも含み込んでいるはずだと考えられたのである。「歴史」に基づく認識論の対案としてのこの「自然」に基づく認識論は、懐徳堂における商人イデオロギーの興隆に中心的な役割を果たしたのであった。(p17-8)