閨房哲学

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『閨房哲学』
 D.A.F.サド 小西茂也訳 一穂社 2007

 おのれに何の骨折りもいささかの心遣いもかけなかった個々の人間に対し、自然はどんな値打を附しているか、それを一つお訊ねしたい。職人は自分の作った物の値打を評価するのに、それを創るに要した労力と時間とをもってしている。ところで人間は、自然になにを費やさせたであろうか? 仮りにすこしく費させたとしても、猿や象に対する以上に労力なり時間なりを費させたであろうか? 更に一歩進めて考えてみよう。自然は何を材料として創造するものであろうか? 生れて来た存在を構成しているものはなんであろうか? 物を形成している三つの元素は、もとは他の物体の破壊から生じたものではないだろうか? 仮りにすべての個体が永遠的なものであるなら、新しい個体を自然が創造することは不可能になるのではなかろうか? もしも生物の永遠性が自然にとって「あってはならぬこと」としたなら、生物の破壊は当然、自然の法則の一つとなるわけである。(p174-5)