
『思考の諸様態―ホワイトヘッド著作集 第13巻』
藤川吉美・伊藤重行訳 松籟社 1980
ところで、われわれは直接知っている人間の経験に話を限ろう。こうした人間の経験は、その卓越性を、たんに感覚経験の明晰さに依存しているわけではない。明晰さを旨とする専門家は、動物のレベルまでおりてくる。たとえば、臭気にたいする猟犬だとか、光景にたいする鷲だとかいったように。人間は感覚経験においては、ずぶの素人である。直接的で生きいきした明晰性は、実在の構成体にふくまれている無数の多様さをぼかすように働きかけることはない。感覚経験というのは、現実態の完全性を例証し、刺激する一つの抽象化である。それが重要性を高めるわけであるが、こうして引きだされた重要性は赤、白、青のような色彩図式以上のものである。その重要性はその有限の現実化に蔵された現実態の無限さを含んでいる。(p144-5)