新世界秩序批判

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『新世界秩序批判―帝国とマルチチュードをめぐる対話
 トマス・アトゥツェルト&ヨスト・ミュラー編 以文社 2005

今やマルチチュードの存在論的力能についてのテーゼを、三つの理論分野で発展させることが可能に思える。第一は労働の分野である。指揮命令関係がここでは(内在的に議論されているところでは)、もはや成り立たないことがあきらかである。非物質的労働、知的労働についてはそうである。知というものは、協働するため、一般的なものになるため、そして一般化されるために決して指揮命令を必要としない。それとは全く反対に知はいつも過剰で、知が入り込む(交換)価値との関係において際限のないものである。第二は存在論の分野で直接的にテーゼを発展させることである。ここには指揮命令にも搾取にも結びつかない共通性の、「コンミューン」の経験がある。その経験はどのような生産と再生産においても「人間的な表現の」基礎や前提として示される。言語はコンミューンの構成にとって礎となるものである。生きた労働と言語が交錯し、存在論的な機械になるところで、コンミューンの基本的経験が確認される。第三にポストモダンにおける政治の分野にマルチチュードの力能は関係させられる。自由な社会が活性化し、再生産されるようになるためには、知とコンミューンが必要な条件であることが示されるであろう。指揮命令からの解放のように自由それ自体が、個別性の社会的身体としてのマルチチュードとその構成の発展を実質的に必要としているのである。(p141-2)