
『加藤泰研究 第一号』 北冬書房 1972
丁度その頃のある日の夕暮れである。例の中村への道を、近所のガキ共や大人達が、ターッと走った。僕も走った。中村遊廓の灯が見えて来た。その闇の色の濃くなる中で、遊郭が中村に移る時、その地盤を埋めたてるため掘ったと言う、大きな深い池の一角だけが煌煌と明るい電気に照らされて浮きあがっていた。急に舟着きらしく作られたそこで、真白に塗った、チョンマゲの、浪人者らしい着流しの武士が、綺麗な若い女を相手に何かやっていた。それを取りまいた大勢の男達が何かやっていた。池を隔てて僕らはそれを目を皿にして見た。それが生まれて初めて見る活動の種とり〈ロケーション〉と言うものだった。チョンマゲの白塗りは森野五郎と言う役者だと誰かが言うのを聞いた。夢の一コマの様なそれは光景だった。(p25)