ロッセリーニ 私の方法

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 『ロッセリーニ 私の方法―映画作家が自身を語る
 アドリアーノ・アプラ編 西村安弘訳 フィルムアート社 1997


 映画は手伝うことができますが、完全な手段ではありません。全ての分野では、情報と指示が幅広ければ、映画はその全体の中に、言説をより暗示的に取り扱うことや、モデルを提供することや、物事の親密な価値を感動によって報告することはできますが、教訓的に、直接的に言説を扱うことはできないし、情報全体を与えることはできません。したがって、一般的な思想を扱うことから始めるべきです。 そのために、物事の全体的な概念の中であれば、どんな手段でも使って良いのです。すでに飲み込んで消化したものを反芻して、繰り返して、戻して、改めて取って飲み込むことよりも、人間性の一般的な移動へ戻る必要があり、ある意味で、人間性(ヒューマニズム)に戻る必要があります。新しい牧草を探す必要があります。(p167)