プルースト

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『プルースト』
 サミュエル・ベケット 大貫三郎訳 せりか書房 1993

プルーストにとっては、言語の特質こそ、倫理学や美学のどんな体系よりも、いっそう重要なのだ。たしかに形式を内容から分離するような試みを、彼は一切やっていない。一方は他方の具象であり、ひとつの世界の啓示である。プルースト的世界を職人が暗喩を用いて表現するのは、芸術家が暗喩によって理解するからである。すなわち間接的、そして相対的知覚を、間接的、相対的に表現することである。プルースト的なリアルなものの修辞学上の等価物は暗喩の連鎖文節である。それはひとを疲れさせる文体であるが、精神を疲れさせはしない。語句が明晰で、それが累積され、いまにも爆発しそうな明晰さである。疲れるとすれば、心情の疲れ、血液の疲れである。一時間たつと、くたくたになって、怒りっぽくなる。暗喩に次ぐ暗喩の絶頂や断絶で、水をかぶらされたり、ひきまわされたり、だが馬鹿みたいになることは絶えてない。混みいった文体で、迂言的表現がいっぱいあって、解しにくく、あとをついていくのが不可能だという不平には、なんの根拠もない。(p106)