吉田健一 友と書物と

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『吉田健一 友と書物と』
 清水徹編 みすず書房 2002

今までに曾て読んだことがある本は自分が書いたものも含めて振り返つて見ると別にどういふことが書いてあつたのでもないといふ感じがする。ただ幾つかの言葉が記憶に戻つて来るだけでこの頃はそれがさうである他ないのだと考へるやうになつた。我々が読む言葉はそれを読む毎に、或は思ひ出す毎に違つた働きをして時には何の働きもしないこともある。それが言葉といふものが生きてゐる証拠であつて例へば幾何学上の定義のやうに殆ど符牒も同様にただ一つのことしか示さないのでなくて言葉が言葉として用ゐられる時にはそれ自体が生命力を得て、或はその本来の命を取り戻して生きものが我々に対してどう出るかはその生きものと我々がその時置かれてゐる状態による。これは或る本の言葉を引いてこれを何々主義と言つた枠に嵌めることは出来ないといふことである。併しそれが始終行はれてゐることを我々は知つてゐる。(p216)