『水 土地 空間』
　大岡昇平対談集　河出書房新社　昭和54


…僕は戦争に行って、国家権力によって歪められた空間の中で生きてきたから、日本的な日常空間には戻れないわけですね。いくら戦後は終ったといわれたところで、だめですね。兵隊帰りというものは、顔を合せれば、とたんにワーッと戦場の思い出話になる。いつまでやってもつきないのですよ。ほら、そちらにかかっているのがゴーギャンの『天使と闘うヤコブ』です。それは『野火』の中の格闘です。宗教的思考が全く僕の中に無いわけではないが、戦場の歪んだ空間にふれてしまった以上、もう楽園に戻ることはできないでしょうね。(p266-7)