三文役者 あなあきい伝 PARTⅠ

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『三文役者 あなあきい伝 PARTⅠ』
 殿山泰司 講談社文庫 昭和55


歓迎会の座敷では、おれは離れたところから、タルホ先生の言動に神経を集中していた。それは友を戦線に送る会なのか、タルホ・パーティなのか、まるで分らないようであった。「きみ、きみ、酒はね、こんな物で飲んではいけません、いけませんよ、塗物です、塗物で飲みなさい」そういって、自分ではガブガブと鱶のように、湯呑茶わんで冷酒を飲んでおられた。「こんな牛鍋なんかで酒を飲んではいけません、いけませんよ、これはメシを食うものです。牛鍋で酒をというのは下品ですよ、いけません」と、いいながら自分では、スキヤキ鍋の中に箸をつっこんでは、パクパクとやっておられた。おれはその言行不一致の法則を、驚天動地のように素晴しいと思った。(p109-110)