菅野満子の手紙

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『菅野満子の手紙』
 小島信夫 集英社 1986

 手紙というものが、書き手の本心を語っているということはできない。内部をあかしてみせているように、またつきつめてみせているようにみえても、所詮は表面にすぎない。対面して口頭で述べるとき以上にそうであることもある。 作者は、人間をめぐる問題についての考え方として、一つのマトマリをもった筋道のあるものとして、最初から自分をつきあげてくるようなものを持ち合わせていない。しかし関心は色々とある。あるいは何かのキッカケで語りたくなるようなことは、ないことはない。あるいは、ある意図で、長続きはしないと思いながらもっともらしく、述べることはなくはない。語りたい、呟やきたいものの海のなかに漂っている。そういってしまっていいかどうか分らないが、登場人物たちもそうであろう。さっきもいったようだが、だからこそ彼らは手紙を書きはじめ、そして続けるのであろう。(p570)